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 'カクシタル'拍手が自然に起こった勇敢な慰安婦に言及
2012年08月11日 (土) | 編集 |
'カクシタル'というドラマは単純に英雄物ではなかった。

私たちの民族の最もつらい記憶といえる日帝強制占領期間を背景にする話であるだけに歴史的な認識が自然に出てくるほかはない。 このような問題意識を内包することになりながらドラマはますます完成度を加えて到底話せない程硬くなっていくようだ。 植民地朝鮮の現実を本当にドラマ全般でじわじわ話していきながら驚くべきだったが昨日放送では最も敏感だということができる部分が登場をした。 依然として解決しなくなっているところで慰安婦問題がドラマに全面に登場をしたことなのに日帝強制占領期間の依然として持続するつらい記憶といえる部分が出てきてそれに対して解いていく方式は視聴者たちがカクシタルに望む代理満足をまともに与えた。

依然として臆面もなく慰安婦問題を冷遇しようとする日本の対応とわが政府の消極的対処はいつもこの問題を扱うこと困難な立場を作ったといえるのにカクシタル製作陣は喜んで国民大多数の心境を入れた形態で慰安婦問題を最大限写実的に扱った。 時期適切だったサユリの3000万ウォン寄付とともに結びついて人々の関心がさらに消すことができた。

ドラマが慰安婦問題を扱う方式は本当に驚くべきだった。

なぜ現在の日本政府が最後まで慰安婦問題を冷遇するのかが分かる端緒を明らかにドラマに提示してなぜこの問題が簡単に解決されないかを知らせた。

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中日戦争当時日本軍の士気問題を背景に登場した慰安婦と慰安所をその背景から明らかに見せてそれから募集方式を見せたが当時日本総督府の悪行には歯ぎしりするほかはなかった。 看護師で派遣をすると偽りをいって相当多い給料を提示して疑いを持たないようにする形態はそれ自体だけでも怒りをかもし出したがその上に募集形式はあきれる状況だった。 朝鮮総督府が関与しなかったという形態を作るために一般私企業中心に募集をして警察と軍人は徹底して助力をしながらも身分を隠して日本政府がしたという跡を残さなかった。 まさにこのような部分が現在の慰安婦問題を解決するのに障害物になるのに看護師に行くということにだまされて自発的に行ったという部分と日本政府が主導したという書類上の証拠がないということだ。 事実上'目を隠してアウン'だがドラマはこのような部分を赤裸々に見せることで当時日本の支配がどれくらい狡猾であくらつだったかを見えてくれた。

単純に日本が無慈悲に引っ張っていったという式と見えることよりこのような事実を基盤とした部分がさらに問題を視聴者たちが共感してその部分で怒れるはずだ。 なぜ現在この問題が解決しないのかを説明したともできるこのような場面は今を生きていく私たちがこの問題を単純に接近しないでもう少し深層的に近付くことを語った。 単純に日本が悪くてこのような形に出てくれば日本はただ自発的に支援をした、政府ではそんなことを主導しないでただ個人たちが主導したという形で責任を回避するだろう。 それよりは自発というものの虚像と当時の状況で決して政府の主導なしで個人たちによって仕事が進行されることができなかった部分を認識してこれに対し対して日本政府を非難してこそこの問題がいつが日本政府の謝罪で終わることができるということをカクシタル製作陣は視聴者に伝えてくれた。

外交の側面で日本の顔色をうかがっているといえる私たちの政府でこのように慰安婦問題を全面に扱ってこれに対する問題意識を話す製作スタッフは本当に勇敢な姿だった。 また、依然として親日派の子孫が良い暮らしをしていく状況で親日派の形態を告発するような姿もとても印象的だった。 日帝強制占領期間に対する記憶が集団記憶の形態につながってきて日本政府の誠意ある謝罪が成り立たなかった状況で'カクシタル'というドラマは私たちの中にある凝りを代わりに解いて痛快さを与えることですぐにこれがこのドラマが違うドラマと差別化されて人気を得る理由であろう。

昨日放送は慰安婦問題だけでなくまた他の植民地朝鮮の実状を見せた部分もあった。 キム・ミョンスが演技する村山ジョンノ警察署署長の話は当時日帝が行った朝鮮統治の真の姿を明らかに見えてくれた。 内線一致という名目上の方針がどれくらい虚構なのかを一気に見せたということができる部分であったのに表面的に見た時チュウォンが演技するイガンドは人物は内線一致という政策の象徴のような人物といえる。 原理原則主義者であるコンノ・コウジ、ギョンム局長は喜んでイガンドを高く評価して支持したがキショウカイによって紺野が死んで木村太郎がギョンム局長になって村山が鍾路(チョンノ)署長になりながら状況は変わった。 村山は内線一致というものが一種の欺瞞政策というものを明らかに自身の口で話したが事実歴史的に内線一致や文化統治というものが話だけそうしたとのことを分かるのにこのような姿はあまりにも写実的であったしそうしたのでさらに視聴者たちが没入ができた。

合理的な日本人たちのために親日ドラマという声まで聞かなければならなかったカクシタルだが内容が展開しながらそういう要素は完全に消えてもう当時朝鮮の社会像を写実的に持ち出して私たちの先祖が体験しなければならなかった苦痛を間接的に感じられるようにしている。

たとえ現実ではカクシタルのような英雄がいなかったために慰安婦は何も分からないまま他の領域で行って日本軍の性のおもちゃにならなければならなかった。 だが、カクシタルはドラマなのでこのような部分から自由にすることもできたし喜んで現実とは違うように慰安婦に引きずられて行く朝鮮娘を救出して日本の野心を阻止する。

チュウォンが演技するイガンドがトラックの前をぴったり遮る瞬間当然視聴者たちは痛快さを感じるほかはなかった。 たとえすでに起きた過去を元に戻す訳には行かないが日本が過去に犯した誤りに対する報復を間接的ながらするという感じであったしカクシタルが2012年大韓民国の英雄になることができた。 そして今やカクシタルが本当に英雄になったという感じも与えたが事実カクシタルは初期にはただ家族の復讐という部分に焦点が合わせていた。 シン・ヒョンジュンが演技したイガンサンによって形成された1代カクシタルはお父さんの復讐、イガンドによって形成された2代カクシタルも家族の復讐という側面が強かった。 ところでその対象がどうして見たら親日派で朝鮮侵略に先に立つ人物だったので朝鮮の英雄になる感じであったのにもうはっきりと個人的な怨恨でない朝鮮のための英雄になった感じであったしそのためにより一層カクシタルの英雄的な行動が痛快さを伝えてくれた。

チュウォン、パク・ギウン、ジンセヨン、ハンチェアという俳優が本当に期待以上の演技力を見せて残りの助演も熱演を見せながらカクシタルは俳優たちの演技だけでも途方もない没入感を視聴者に与える。 その上に喜んで韓流を通した海外販売をあきらめて私たちの民族の辛い歴史を痛烈に話すストーリーは視聴者たちが熱烈な呼応をするようにさせてくれる。

放送でその間顔色を見るのにできなくて移った部分でも曖昧に移った部分を直接的に言及して視聴者たちが積極的にドラマに共感するようにする現在のカクシタルが話は多分初めてカクシタルが企画されて放送されるといった時多くの人々が期待した部分であっただろう。 中間中間失望感を与えた部分がないのはしないがもうカクシタルははっきりと韓国ドラマの歴史に残るほどの時代劇になるように見え毎回緊張感を加える状況で果たしてまた、どんな痛快さを提供するのか期待される。 チュウォンとパク・ギウンの草木が水分を吸い上げた演技は劇の緊張感を一層倍増させているがますますドラマが終わりに向かって行くだけに最後までドラマがヒーロー物らしい痛快さを維持するように願う。 たとえその終わりが悲劇にならざるをえないカクシタルだがぜひその終わりも現在を生きていく私たちに何か伝えるところがあるようにすることと信じる。 これ以上カクシタルはドラマ一つでない私たちの過去と現在を連結して私たちが行動することを要求する姿に成っていっている。 慰安婦問題というとても敏感な事項を印象的にドラマに入れた製作スタッフにもう一度拍手を送ってこれくらいにして文を終えてみる。

キム・ヒョンジュ客員記者

[スポーツ朝鮮 2012-08-10 16:31] 元記事はこちらから

※再現フィルムを見るように悲しみと怒りの感情を疑似体験するんだろうなあ、、、
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