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 '愛の雨' '第2のヨン様'チャン・グンソクが全部ではなりません
2012年04月03日 (火) | 編集 |
さあ、チャン・グンソクのこの台詞を聞いたあなたの反応は?

"一、二、三、3秒後に私は愛に陥った。"

1.グンチャン、愛しています。
2.ユナ、頑張って!
3.手足が縮みます。
4.見なくて分かりません。

KBS 2TV月火ドラマ<愛の雨>に対する反応はここで大きく抜け出さないようだ。 'グンチャン'チャン・グンソクのファンならば彼の純愛演技と甘美な声を歓迎しない人が誰がいるだろうか。 少女時代、ユナの叔父ファンも抜かせば空しいはず。 それにもかかわらず、40年余り前で時計を戻した1970年代の純愛に適応するのが容易でないという不満に首を縦に振ることになる。

ここに4%台まで座り込んだ視聴率に対する分析記事も続出している。 反応は交錯する。 せいぜい2週なったドラマを置いて判断するにはまだ早いという側と時代背景ぐらい古い感性は如何に<秋の童話> <冬のソナタ>の、ユン・ソクホPDとオ・スヨン作家でも仕方ないという側。

それさえも低い視聴率によって大衆の正当な評価を得る機会も逃すかも知れないという憂慮の声も少なくない。 製作スタッフは4回以後現在に越えてきて劇の速度や雰囲気が反転するだろうという希望混ざった処方せんを出している。 それなら真に<愛費>は視聴率4~5%に満足するほどの作品であろうか。

70年代に剥製された前半部、現在の分量は信じてもかまわないだろうか?

"70年代と世代を跳び越えた2012年にも愛する人々に公平におりる雨を通じて

たった今始めた愛の幸福と悲しみ、今は過ぎ去った思い出になった愛の思い出と現在を描いてみようとします。"

<愛の雨>の製作意図だ。 知らされた通り<愛の雨>は1970年代大学で会った初恋ソ・イナ(チャン・グンソク、チョン・ジニョン扮),キム・ユニ(ユナ、イ・ミスク扮)と彼らの息子・娘のソジュン(チャン・グンソク扮),チョンハナ(ユナ扮)の運命的な出会いを描く正統メロドラマだ。 4回まで父母の世代の愛が展開しているこのドラマは韓流スターチャン・グンソクとユナが過去と現在の主人公を同時に演技するということを主要広報ポイントとした。

多分韓流市場を意識したキャスティングだとさげすむ必要はない。 かえって'ヨン様'創造の一番の貢献者のユン・ソクホPDが'グンチャン'チャン・グンソクに会ったことはそれこそ千軍万馬を得たことと同じ好材料だったから。 <愛の雨>が国内テレビ劇場放映前、80余億ウォンに日本に先販売されたとのことがこれを傍証する。

さらに<愛の雨>は<冬のソナタ>以後'季節シリーズ'に没頭したユン・ソクホPDが<冬のソナタ>の、オ・スヨン作家と会って<春のワルツ>以後6年ぶりに出した作品だということだけでも話題を呼んで集めに充分だった。

<愛の雨>でチャン・グンソクの声で聞かせるソイナのナレーションは唯一甘い短文が主をなす。 だからだろうか。 "私は毎日毎日あなたの幸福を望むでしょう" "ありがとうございました。 そしてごめんなさい"のような短くて甘美なナレーションが日本ファンのためのサービスという疑惑を消すことはできない。 どうであれチョチェッコナドラマの武器は明らかに話であるはず。 現在まで<愛の雨>の問題は叙事やキャラクターがどこか'剥製'なったような雰囲気を漂うというところにある。

'第2のヨン様'チャン・グンソクだけでない<愛の雨>自体で勝負する時

回顧の情緒は二つに分かれる。 新鮮だったり退屈だったり。 前者の場合、その時代を経験することが出来ない後世代かエキゾチックな情緒に受け入れることができる他言語の大衆に該当する。 もちろん同時代を通過した大衆は各自その時代のウォン経験を召還して喚起したりもする。 無条件なマイナス要因ではないという話だ。

それで単純に過去の背景や素材を引いてくるというのは問題にならない。 叙事にあって空の下完全に新しいものがないということがポストモダンがさらって過ぎ去ったこの時代の時代精神ではないだろうか。 ところで<愛の雨>は退屈だという評価が主をなす。 一面残念な長所もあちこちに存在する。

ユン・ソクホPDの映像美はその他ドラマで見せてくれることはできない安らかさを伴う。 チャン・グンソクとユナが会う1回初めての場面はメロ映画の一場面といっても構わないほどだ。 映画<ラブストーリー>、チンチュ下衣歌<ウォン サマーナイッ>、各種フォークソングと喫茶店文化、DJなど時代的な背景らもあえて没入を邪魔する程ではない。 音楽と背景、画面などドラマを構築する各種要素は非の打ちどころがなく見えるほどだ。

それにもかかわらず<愛の雨>はクルリセドゥルロ成り立った同語反復の羅列のように見える。 大学校庭の前では必ず傘がない時雨が降らなければならなくて、主人公は必ず京春線列車が離れる時ぐらい到着して、友人は必ず私が愛する人を好む。

私たちが各種映画とドラマで無数に見てまた会ってきた典型的な場面の連続。 恐らくユン・ソクホPDと<クラシック> <猟奇的な彼女>等を作ったクァク・ジェヨン監督は少なくともメロ的情緒においては同じ思い出とDNAを共有するかも知れないという気がするほどだ。(二人は実際2才差だ)

<愛の雨>は4回まで過去初恋の記憶を満たして入れる予定だ。 初恋はもちろん個人にいて純粋さの結晶体で完結した記憶かもしれない。 だが、それを見せる映像と話まで'剥製'になっていては困る。 無理ない演技を見せているチャン・グンソクとユナをはじめとする若い俳優たちの演技までその時期の'似顔絵'で'剥製'にさせることはできない役割ではないのか。

チョン・ジニョンとイ・ミスクが演技する現在がもう少し細かい仕組みと躍動感あるキャラクターで満たされるだろうと期待するのは<愛の雨>が日本をはじめとするその他市場で韓国映像コンテンツの現在の型に映る可能性が濃厚なためだ。 <冬のソナタ>が作られていつのまにか10年が過ぎた。 第2の'ヨン様'も良いが<愛の雨>自体にも満足な作品で刻印されたらなお良いではないか。

[オーマイニュース 2012-04-03 21:42] 元記事はこちらから

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※心地よい詩を朗読するようなナレーション、たびたび用意される唄実力披露場面とグンソクくんファンにはたまらないドラマでしょうが、あえて客観的に作品を評価したとき名品ドラマと言えるかどうか。最終回を迎えたときの答えが気になります。

またついつい愛雨記事集めに没頭してしまった・・・

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