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 チョ・スンウ‘名不虚伝’立証かかわらず2%惜しいミュージカル‘ドクトルジバゴ’ [レビュー]
2012年02月22日 (水) | 編集 |
確かに退屈だ。 1幕終わり頃ユーリー・ジバゴが家族らに家を出ようと話す場面で‘原作小説でも映画を見なかった観客がこの内容を理解しているだろうか?’とする疑問がおこる。 その瞬間物足りなさは船となる。 そういえば、膨大な量の原作をミュージカルに変える作業がやさしいことはない縁だ。

ミュージカル‘ドクトルジバゴ’はロシア小説家ボリス・パステルナークが1957年発表した同名の長編小説と1965年封切りしたオマー・シャリフ、ジュリー・クリスティ主演の同名映画を舞台化させた作品だ。 ロシア革命を耐えていく一人の男の人生と愛に対する大叙事詩であった原作に比べてミュージカルはユーリー(チョ・スンウ、ホン・グァンホ)とララ(チョンミド、キム・ジウ)の愛に焦点を合わせる。

二人は誰が何といっても切切であるように愛して懐かしがる。 急に愛に陥ったように見られるが、それでも二人は簡単に自分たちの愛を認めてはいない。 お互いに配偶者がいるということを知っているためだ。 夫のパーシャ(カンピルソク)を探すために戦場に来たララはユーリーを冷遇したままユリアティンでに帰ろうとする。

この時二人は愛する女に心も伝えることができなくて死んだヤンコの手紙を読んで切ないキスを交わす。 だが、二人は各自の席に帰ることになる。 その間急変した時代は家族らと平和に生きたかったユーリーを苦しめる。 そして運命のように彼は家族らと共にララがいる所へ向かうことになる。

長い時間の間ユーリーは引きずられるようにララに会う。 だが、ミュージカルではその険しかった過程がみな省略された。 終わりなしに繰り広げられた雪原も、血を流して死んでいった人々も、逃げるとあがいて汽車に上がったこれらのすさまじいことも舞台を通じて全く感じることはできない。 当時のロシアを感じることができる装置は登場人物らの対話と白黒映像だけだ。

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◆美しいナンバーと安定した舞台装置

ミュージカル‘ドクトルジバコ’の強力な点は作曲家ルーシー・サイモンが作った美しいナンバーだ。 ユーリーとララが愛を確認する‘ナウ’(Now),トーニャ(チェ・ヒョンジュ)とララが図書館で一緒に歌う‘It comes as no surprise’、ユーリーが脱出しながら歌う‘Ashes and tears’は記憶の中に長くぐるぐる回る素敵なナンバーらだ。

4.4道路傾斜している舞台と底の格子紋、内側にますます狭まるセットは立体感が感じられる。 舞台転換もなめらかだ。 ユーリーとララが最後時間を過ごした氷宮殿のようだったバリーキノの家、ガラス破片が印象的だ。 また、ユーリーが座っていつも詩を書いた机と椅子は劇の最後に深い余韻を残した。

ここに450個余りの固定照明は観客の没入度を高める役割をした。 そしてララとパーシャの結婚式日夜後方でゆっくり服を脱ぐ女の白黒映像は強烈ながらも神秘だ。

◆ ‘100%キャラクター没入’チョ・スンウVS ‘狂った歌唱力’ホン・グァンホ

一歩遅れて投入されたチョ・スンウの練習期間はせいぜい1ヶ月だった。 1月15日ミュージカル‘ゾロ’公演を終えたチョ・スンウはその次の日の16日から‘ドクトルジバコ’練習に突入したし、2月14日初めての舞台を上げた。 それでいくら演技的に認められるチョ・スンウでも不安要素はあることで予想した。 だが、とんでもない話。 シン・ジュンス代表がなぜチョ・スンウをしつこく説得したのか、彼の公演を見れば直ちに理解することができる。

事実歌に強力な点があるホン・グァンホに比べてチョ・スンウの歌は不安だ。 音程は時々不安定だったし、かくような声も気楽なだけではない。 だが、チョ・スンウには歌の物足りなさを跳び越える特別さがある。 彼が舞台に登場する瞬間から劇が終わる時まで‘チョ・スンウ=ユーリー・ジバゴ’という公式が自然に描かれるためだ。

彼は顔だけでなく首まで赤くなった状態で鬱憤を吐き出して、涙を流す。 ユーリーがララを愛する理由を探すことができなかったとしても、彼がララをどのくらい切切に愛するかは知ることが出来る。 特にユーリーとパーシャの対面場面でチョ・スンウは鋭い目つきと強い声でララに対する信頼と愛を表現した。 2時間40分のランニングタイムの間最も強烈だった名場面だ。

反面ホン・グァンホは歌の他演技的な面で物足りなさが見える。 ‘狂った歌唱力’で良く知られたホン・グァンホだからすでに歌に対する信頼は確かだ。 だが、キャラクターに完全に溶け込むことができなくて、平面的で地味な感じだ。

◆ ‘魔性のララ’チョンミド、キム・ジウ…‘重たい存在感’カンピルソク

初めてチョンミドとキム・ジウがララ役にキャスティングされた時、憂慮の声が多かった。 二人がユーリー、パーシャ、コマロフスキー(ソ・ヨンジュ)の熱烈な愛を受ける‘魔性の女性’ララを引き受けるには歌や演技全部不足するとみられるという評が支配的だったこと。 だが、開幕以後観客は二人のララに思ったより過分な点数を付与した。

特に冷たくて度外的なイメージが強かったキム・ジウは熱情的で肝っ玉がある女性に変身した。 パーシャに自身の過去を告白する姿では憐憫が感じられたし、ユーリーを抱きしめた時は暖かかった。 歌唱力もまた満足だ。 ただし歌の中に感情が不足して切ないということが落ちる。

小さい体格のチョンミドもまた、強弱が明確な台詞、時間の流れにより変わる成熟美などキム・ジウとはまた他のララの雰囲気を表現やり遂げた。 だが、チョンミドの東洋的な容貌のために映画の中ジュリー・クリスティが吹きだした夢幻的雰囲気は探してみるのが難しい。

また、ララの夫であり革命の中心に立ったパーシャ役のカンピルソクは安定した台詞トーンと歌唱力でユーリーに匹敵する存在感を誇った。 特にララの告白を聞くことになった結婚式日夜、怒りでいっぱいである彼の顔と赤くなった目は強烈な印象を残した。 6月3日まで蚕室シャーロッテシアター公演。

[TVデイリー 2012-02-21 15:23] 元記事はこちらから

※そうは言ってもまだ公演始まって1ヶ月も経ってないし。6月まで延々二人で続く公演、また両キャスト観に行きたいです!
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