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 ~美女はつらいの′著作権論議が苦しい理由は
2011年10月02日 (日) | 編集 |
韓流時代に似合うように著作物人格権認識

2010年SBSドラマ<大物>を執筆した作家が途中下車したが作家はその理由の中の一つが見解の差のためといった。 その見解の差である具体的な行為で葛藤の谷を深くした。 すなわち担当PDが自身の台本をとてもたくさん直したので執筆を止めたといった。

したかった話は消えて演出家がしたい話が満たされたしさらに大部分修正されて作家が書いたということができないほどだったと作家は明らかにしたことがある。 また他の作家らもその担当ディレクターは台本修正することに名高いといった。 担当ディレクターはかえって作家を保護するための措置という名分をいった。 こういう行為をする多くの演出家は自身の創作性とオリジナリティーを前に出す。

放送製作現場ではこのように演出者が作品を変える場合が多いがこれは著作権法を破る行為らだ。 映画<下女>のリメーク作業当時参加した作家も監督の恣意的な台本修正のために稲虫下車した。 露骨な非難が媒体を通じて加えられるなどそれなりの発言をすることができたことはその作家が大韓民国最高の作家だったためだ。

多くの作家は何もいえなくて静まっていなければならないことが茶飯事だ。 このような創作環境の中で作られた作品ならば韓流次元で海外に進出した作品は十分に著作権法上問題になることができる。 今回似た事例があった。 全部著作物人格権に対する葛藤事例だ。

カラのギュリと超新星のソンジェが出演して世界的にツアー公演を計画していたミュージカル<美女はつらいの>もこのような脈絡にあるとみる。 いわゆる著作物の人格権に対する葛藤だ。

著作物には人格権がある。 著作物も一つの人格的主体にならなければならないということだ。 公表権、声明表示権、同一性維持権だ。 人間の私的プライバシーが尊重されるように、著作物もその公表の有無を著作者に許諾を受けなければならない。 著作物には著作者の名前が入らなければならない。 また、著作物は本来のそれ自体で維持されなければならない。 だが、その変形は著作者の許諾を受けなければならない。 修正と変形は第13条同一性維持権と連結される。

第13条同一性維持権①著作者は彼の著作物の内容形式および表題の同一性を維持する権利を持つ。

漫画<カンナさん大成功です!>の作家鈴木由美子は二種類点を上げてミュージカル<美女はつらいの>の公演禁止仮処分申請をした。 一つは日本公演ポスターに日本原作であることを明らかにしてくれといった。 だが、韓国製作社は拒否した。 拒否した理由は日本だけでなく中国、シンガポールそしてニューヨーク ブロードウェーまで念頭にあるということだ。

他の一つは原作の内容を余りにも違うようにさせておいて自身の作品だと見られないということだ。 これに対して製作会社側は2次著作物すなわち全く違う作品だからこれも受け入れることができないという立場だ。 著作権法上アイディアは保護を受けることができなくて、表現だけ保護を受けるから単純アイディアを創作に活用したミュージカル<美女はつらいの>は著作権法に抵触しないということだ。 だが、これは著作者の見解では著作物の人格権を無視した行為と外には見られない。 著作者は自身の作品の名前と存在価値を記載して公表してくれと要求することができるし、自身の著作物が同一性を維持するように主張することができる。

しかも著作物を作った作家に対する情緒が非常に強い日本社会でミュージカル<美女はつらいの>を上演するということはややもすると法的な側面だけでなく道徳的倫理的な非難に直面するほかはない。 これはマーケティングで不利に作用することができる。 作家を雇用しておいてその作家が書いた台本を土台にやり直すならばそれが新しい創作物になれない。

進歩的な著作権法ではアイディアだけでなく著作物の劇的な構造、プロットまでも法的に保護する。 いくら変わっても<美女はつらいの>はプロットは同じで原作の影響を受けたことがあまりにもおおっぴらで明確だ。 公演を押し切って以後に長い法廷攻防を耐えてもかまわないという認識は望ましくない。

このように日本作品を肩を持つような印象を与えながら論旨を展開するのはもう韓流時代に著作権法認識が高まらなければならないという考えのためだ。 原作を基盤としたら今は著作物の経済圏だけでなく人格権も徹底して保障しなければならない。 そのようにすることが万に一つ起きることもある作品公演不可の事態を未然に防止することだ。

どこ公演だけなのだろうか。 放送著作物の恣意的な修正と変形ももう国内でするように行うのは韓流のアップグレードを考える時真剣に考察されなければならない。 もう現地の著作権だけを糾弾するのでなく私たちの著作権保護認識度韓流時代に合うように変化しなければならない。

文/キム・ホンシク文化評論家

[デイリーアン 2011-09-22 09:43:03] 元記事はこちらから

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※ごもっともなコラム。いよいよ10/8(土)からスタートですが問題はクリアになったのか?
日本公式サイトは(こちら)、無事に開催されますことを祈りつつ静観~。


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