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 [ソルカマルこの映画]今‘るつぼ’を見ない者、全部有罪
2011年09月25日 (日) | 編集 |
‘るつぼ症候群’と呼ばれるに値する。

3年前小説を連載したポータルサイト‘Daum’で再連載が始まったし、2年前本で出版された小説は再びベストセラーに上がったし、映画は封切り前有料試写会ですでに何と10万人の観客を動員した。

封切りも前に先週ボックスオフィス5位に上がって現在の前売り率1位を走っている映画<るつぼ>の力はその実話事件の‘光州焼き付け学校性暴行事件’に対する再調査要求につながっている。 大韓民国を<るつぼ>の‘るつぼ’に追い込んでいるこの映画、正体は何か?

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▼ネタバレ要素ありにてご注意を~


インファ:‘秋夕連休=興行’という公式も今は通じないようですね。 今回の秋夕連休やはり<家門の光栄4>がそれなりに興行をしたりしたが、2位は去る8月に封切りした<最終兵器弓>であったし<痛み>と<チャンプ>は観客50だけでも越えることができないむごたらしい事態にあいましたよ。 考えてみれば昨年にも300万を渡した<シラノ:恋愛操作団>他には秋夕映画がこれという面白味を見られませんでした。

ソヨン:そうなのです。 かえって昨年には秋夕シーズン封切映画よりその後に封切りした<パンガ? パンガ!>と<不当取り引き>が良い成績をおさめたことで記憶されるんですが。 今年も似た現象が現れはしないかと思います。 <るつぼ>と<依頼人>の試写会反応がだいぶ良いでしょう? 個人的にこの二作品は私もやはり期待される作品ですが。 素材やストーリーテリング、俳優演技などすべての面で競争力を整えました。

インファ:<るつぼ>はすでに来週ボックスオフィス1位を引き受けておきましたよ。 現在の累積観客数10万に前売り率も圧倒的な1位を走っているからです。 <るつぼ>がよく作られた映画であることは否定できない事実だが、事実このように重たい(素材の)映画が興行になることができるか心配もなったが反応が良くて幸いです。

‘聴覚障害者性暴行’実話素材だなんて、重くない? 全く!

ソヨン:聴覚障害学生たちを性暴行した教職員らの実話を扱っているという点で重くて不便なことという‘先入観’もできるんですが。 重量感あって深刻な主題を重いだけではなく引っ張っていくファン・ドンヒョク監督の英敏な演出が引き立って見えます。 実話を商業映画で作る時観客と疎通できる適当な線を提示しているような感じ? 感情的だが感傷的であることはなくて重いことも、軽くもなく調節が上手でした。

インファ:<るつぼ>は初めての場面から印象的でしょう。 濃い霧の中にイノ(コンユ扮)が車を運転して行く姿で始めるが、この時、映画の主背景が'霧尽'という漸移興味深いです。 無尽という所はキム・スンオク作家の「無尽紀行」に登場したことでそこでしょう。 濃い霧で囲まれた町内.

ソヨン:はい、‘霧の都市’無尽は映画の主要背景であり事件の発生地の自愛学校、彼を囲んだ権力層らの‘遮られた動き’を象徴します。 特に霧イメージは映画<るつぼ>で何重の意味を誕生させます。 権力層が形成している沈黙のカルテルを意味するけれども同時にそれが可能なように許容している‘大衆の目’を示唆したりもします。 原作者のコン・ジヨン作家がこの作品をどれくらい繊細に設計したのか映画を通じてより一層明確にあらわれる感じです。

インファ:また他の意味でも<るつぼ>の導入部は印象的でしょう。 映画の開始は<サイレント ヒール>でも<ミスト>の一場面を見るような陰鬱なことでぎっしり埋まるが、カーセンターでユジン止まったイノの車に突っ込む瞬間緊張感がすぐに壊れます。 ジャンル的演出で観客の視線を捕まえて緊張を解いてくれた後はじめて本論に入るんです。 デビュー作<マイ ファーザー>に続きまた、一度実話映画を演出したファン・ドンヒョク監督が観客ひきつける方法を確かに体得したようです。

ソヨン:児童性暴行という素材と無尽のひりひりする政経で形成された観客の緊張をコンユ-チョン・ユミのユーモラスな出会いであっという間に取り出しましたよ。 おかげで観客は一層緊張を解いて余裕があるように<るつぼ>という映画に陥ることになります。 特に自愛学校という空間、放課後学校を照らすカメラ ワーキング方式は恐怖映画に近いのですが。 ジャンル映画になじむ観客らの視線を引っぱる一方子供たちに‘恐怖の空間’になった自愛学校のアイデンティティを生かす卓越した選択でした。

小説で映画で、‘目で見るから’どう?

インファ:<るつぼ>中醜悪な事件の中心には'自愛学院'の校長と行政室長双子兄弟(チャングァン扮)がいます。 貪欲が一杯に一杯になった顔に見るだけでも腹が立つほどだったですが。 悪役に対するこういう描写は子供たちが法廷対決で‘小さい勝利’をすることになる時観客にも大きなカタルシスを抱かせます。 特にヨンド(キム・ヒョンス扮)が容貌だけ見ては区分にならない校長と行政室長を区分やり遂げる瞬間はかなりたくさん痛快です。

ソヨン:あたかも'ソロモンの裁判'のような明証でした。 事実実際には双子でなく兄弟であったことと理解します。 ところでコン・ジヨン作家が双子に設定を変えながら一つの意味が誕生したし、その意味は見解媒体の映画を通じてより一層明確に現れます。 '二つの顔'という二重の生きる。

聴覚障害学校を運営する信実な教会長老であり都市発展に寄与する福祉界の姿と教職員らに採用代価でわいろを受けてウイブットンセンと不倫を犯す一方9才しかならない女の子を性暴行する醜悪な犯罪者の二重性が並んで座っている二つの双子の姿を通じて鳥肌が立つように恐ろしく近づきました。

インファ:事実はっきり調べれば<るつぼ>中大部分の登場人物が二重的生活を送ります。 私たちの社会の総体的難局を一つの席で全部見せるようなものです。 幼い子供たちが学校で性暴行にあったのが単に‘面倒な事件’な事だけの教育庁と市庁公務員はお互いに事件を先送りするのに余念がなくて、真実と関係なしで引退した判事が弁護士として引き受けた初めての裁判は無条件勝訴するようにする汚い慣行‘前官僚待遇’は‘汚く’よく守られるところに教会信徒は児童性犯罪者を信仰心深くて地域と教会発展のためにお金を多く使ったので許してくれと言う姿を見ていますと本当にげんこつが泣きます。

ソヨン:受話一言いうとは思わない聴覚障害学校の校長と教師たち、自分たちを'攻撃'という反対勢力に'邪鬼、サタン'と名前をつけて賛美歌を歌う教会信者ら、加害者が誰なのかによってあまりにも簡単に自身の所見を変えてしまう医師、支援金受けて'口を閉じる'刑事、市民団体と聴覚障害者らのデモに無惨に降り注がれた'水大砲'まで。 映画の行間ごとに憂鬱な現実が染みていましたよ。

二重でも特にキリスト教徒らに対する描写が目につきます。 実話映画<息>と法廷スリラー<依頼人>でもキリスト教徒らに対するこういう視線が存在するんですが。 最近ではどんな傾向のように韓国映画でキリスト教徒らを良くなく描写しているようですね。 一般大衆のキリスト教徒らに対する反情緒が投影されたものと見なければならないでしょうか?

インファ:最近大衆の間にキリスト教に対する反情緒が現れる理由は簡単です。 よく人々は宗教家らにどんな集団よりも高い道徳性を期待します。 ところで実際に宗教が宗教だけの固有な領域を越えて次第に社会全般的に影響力を行使しようとして、この過程で道徳的どころか世の中の人々よりさらに堕落した姿を見せる時が多いためです。

<るつぼ>で見える教会信者らの姿はこういう問題を端的に見せています。 自身が指導する学生たちを性暴行した犯罪者を同じ教会信者という理由だけで保護するが、‘児童性暴行’のように道徳的に深刻な事件の犯人を解くとし影響力を行使します。 映画では多少極端に描写されるけれど最近社会で問題になっている一部キリスト教徒の姿を代弁するには十分な場面でしょう。

ソヨン:もちろん明らかに映画の中に描写されている内容が'偽り'ということはできないでしょう。 ‘焼き付け学校’事件で知ることが出来るように一部そのようなキリスト教徒がいるのも事実だよ。 だが、それがキリスト教徒らの全部とできません。

一部キリスト教徒に対する社会的視線を反映するのも重要だが'優しくて正しい'キリスト教徒らも多いが韓国映画大部分が片側に偏って一部を全部のように超点火しているということは多少憂慮になる部分でしょう。 一例で<るつぼ>実際事件に対して何年間真実糾明運動をしてきている光州焼き付け学校性暴行対策委員会常任代表が'牧師'というものを上げられます。 この方は小説には登場するが映画には登場しませんよ。

コンユは<るつぼ>前と<るつぼ>後に分かれる!

ソヨン:<るつぼ>が注目されている理由は映画が実際事件を扱っているためだけれども主演から助演、成人から子役、先頭役から悪役まで俳優各々が抜群の演技力をプレゼントするためです。

インファ:<るつぼ>でコンユの存在は取り除くことはできないです。 ロマンチック ガイと呼ばれたコンユがこのように物静かな演技によく似合う俳優なのか率直に以前には本当に分からなかったです。 そういえばコンユは<るつぼ>で演技をできないはずがない状況だったんですよ。 映画の開始がコンユが軍隊でコン・ジヨン作家の小説を読んで映画化に対する話を取り出したのが出発点になったからです。

ソヨン:率直に話してコンユという俳優は<るつぼ>を通じてレベル自体が変わったと見なければならないですね。 <るつぼ>を基点にコンユを眺める視線自体が変わっているからです。 ‘コンユ’という俳優に対する大衆の信頼が途方もなく高まりましたよ。 一言で'概念俳優'の誕生です。

インファ:子役俳優たちの演技は特に驚くべきです。 キム・ヒョンス(ヨンド役)とペク・スンファン(ミンス役)の場合、劇中での年齢と大きく異ならないのにこの映画が意味するところを正確に理解して演技しているとのことを知ることが出来ました。 目つき一つ一つがあまりにも繊細でびっくりしました。 子供が表わすことができる深さ以上を目つきに表わしていましたよ。

ソヨン:チャングァンの演技も侮れなかったんですよ。 演劇的なトーンが‘演技する人物’というキャラクター特徴をよく表わしました。 特に校長双子は映画の中で表情変化が大きくないんですが。 校長イ・カンソクは慈しみ深く笑っている自身の肖像画のように決まっている表情がある人物だと‘仮面’のような感じを受けたりもしました。 おかげで子供たちの前で本当に表情を表わした時一層さらに鳥肌が立ちます。

<るつぼ>の終着駅は? ‘霧の都市、限りなく’

ソヨン:<るつぼ>は加害者、被害者とほとんど同等な分量の視線を加害者の罪を黙認して彼らを助けている人々に割愛します。 単にこういうぞっとする事件があったということを知らせるのに立ち止まるのではなく、そのぞっとする事件の加害者がどのように実刑を生きないで'執行猶予'で解放されることができたのかその背後に霧のように形成されているカルテルを見ろというんです。

インファ:コン・ジヨン作家の原作で隣好は結局無尽という空間に形成された厚いカルテルを破ることができなくて無尽を離れます。 だが、映画は違います。 映画でイノは離れようとしていた足取りを回して無尽にまた戻ります。 小説の結末が現実にさらに近いが映画<るつぼ>はイノを通じてどんな地点に到達しようと思うようです。

ソヨン:小説のエンディングでイノが眺めた“あなたは今無尽を離れています”という案内板文句も変わりましたよ。 映画のラスト シーンでイノは“霧の都市、無尽に来てください”という電光掲示板の文句を永らく眺めるんですが。 観客に向かった一種の招請状のようなエンディングです。 “世の中を変えるためにでなく世の中が私を変えないようにするために” ‘霧の都市’に行こうというんです。

インファ:そして直ぐに繋がれるのが現在この事件の法的攻防は完全に終結したが相変らずずっと戦っているという内容の字幕でしょう。 実際この事件が広まっていた光州インファ学校では昨年にも性暴行事件が発生しましたよ。 地方自治体調査は拒否されましたしそれでもこの学校は相変らず運営されていて‘ソヨン学校’で校名を変えてリハビリ事業対象を聴覚、言語障害で知的障害で広げるための静観変更まで申請しました。

ソヨン:焼き付け学校性暴行対策委員会キム・ヨンモク牧師の言葉が胸に残りますね。 “途方もない話題を集めたが現実は変な程小説の中無尽を覆っている霧ぐらい詰まって感じでよく聞こえない”という。

[ユニオンプレス 2011-09-24 09:50] 元記事はこちらから

※対談風の記事。エンディング案内板前のシーン解釈がわかり良かった。あの双子校長たちは一人二役なんだ?まだまだわからないことばかり。自分の理解のためにも今後もしばらくネタバレ記事を集めることといたします~。

でもって「ソルカマル」ってミュージカル宮のチェギョン台詞にもありますが
솔까말=솔직히 까놓고 말해서 率直に包み隠さず話すこと。
こんなとこで目にするなんてちょっと嬉しい^^
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