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  ‘本当に’が売れる時代が到来している
2011年05月15日 (日) | 編集 |
“私は昔慶尚道式味噌に飼い慣らされて育ちました。 家のほとんどすべてのおかずは‘チロン’と呼ばれた朝鮮醤油で簡易合わされたりしましたよ。 そうしたためかこの頃市中で販売される改良味噌はとうてい口に合いません。”

インターネット空間に‘正しくなされた味噌が懐かしいなあ’という題名で上がっている文だ。 誰でも一回ぐらい味噌や清麹醤を飲みながら昔味が出ないとし‘味たわごと’をしてみたことがあるだろう。 食欲が変わったものもあるが恐らく本物が消えたためだろう。 高齢なお母さんがいる家でも今は味噌を漬けない。 ‘お母さん世代’が亡くなればそれこそ本物は脈が切れる。

その間忙しく生きてきた私たちは‘本当に食べ物’を冷遇して生きていくほかはなかった。 ゆったりと余裕を楽しんで食べ物を食べることができなかったためだ。 その間に‘本当に同じにせ物’らが食卓を数を数えた。 飲食店はにせ物を出しながら本物とだました。

誰でも‘元祖’を前に出した。 だが、本来‘元祖’を食べることができなかったし代わりに‘元祖を前面に出したにせ物元祖’だけ食べることができるだけだった。 それで今はにせ物を本物のように、元祖のように考え始めた。

一度は楊坪のある飲食店で味噌を買ったことがある。 食べ物で売って直接味噌も売った。 味がやや甘くて食べやすかった。 一度はこの味噌が‘オリジナル’かと尋ねた。 思いがけない返事が帰ってきた。

“在来式味噌ではありません。 この頃人々食欲に合わせて在来式味噌と加工味噌を半分ずつ混ぜて売ります。 この頃新妻は在来式味噌を食べません。 かえって混ぜて売るのがさらによく売れます。”この話しを聞いてなかなか失望したことでなかった。 ‘それで私たちがその間買って食べたのが正しくなされた在来式味噌ではなかったという話なの?’その後その家に途絶えた。

一度は田舎に住む叔母が味噌を送ってきた。 加工味噌は黄金色の光るのに叔母が与えた味噌はカーキ色を帯びた。 叔母はこれが本当に在来式味噌といった。 妻がその味噌でスープを煮たが妻は食べなかった。 本当に偽装した味噌にとても‘汚染’なったために本当に在来式味噌味に適応しないのだ。


加工味噌を元祖と信じる理由は?

飲食店はもうキムチ味だけ一品でも美味しい店で大変なにぎわいを成し遂げる。 たまには‘本当に食べ物’を探して‘苦難の旅行’も拒まない。 健康を失えばその時から死を覚悟した決断で食べ物に気を遣う。 一番最初に在来式味噌と清麹醤を探す。 健康を失う前には‘在来式’うんぬんすればかえって時代に遅れた取り扱いをした彼らだった。

‘暮らし始めれば病気になる’という話もある。 お金をあくせく儲けて今や贅沢な暮らしを享受してみるかという気がする時思わず突然事故が生じてしまうことだ。 その時始めて人々は‘本当に’の力に屈服し始める。 卑屈なほど屈辱的な姿を見せたりもする。

あたかも‘在来式食べ物’の崇拝者のように見える。 ここに地球的な環境災難も危機意識をあおりたてる。 食べる食べ物も今は直接栽培したり無公害でなければ安心できない。 有機農も信じることができないという雰囲気だ。 今や荒いが毒がない本物が大事な時代になっている。 本当に同じにせ物、類似のにせ物より‘本当に’が売れる世の中になったのだ。

‘本当に’が消費されるのはただ食べ物だけでない。 この頃は歌手らで世の中が騒々しい。 どこへ行っても歌手らの話が話題だ。 ‘スーパースターK 2’が人気を呼ぶとすぐにMBCスターオーディション プログラム‘偉大な誕生’が生じて人気を呼んだ。

これらプログラムの人気秘訣はすぐに‘生放送’にあった。 生放送でにせ物は即座にあらわれる。 生放送は本当に歌唱力ある歌手らさえ‘恐怖の舞台’になったりもする。

MBCテレビ番組‘サバイバル私は歌手だ’が論議になったことがある。 トップスターで時代を風靡したキム・ゴンモがこのプログラムの歌競演から脱落したためだ。 紆余曲折の末キム・ゴンモがまたマイクを捉えた。

2011年3月27日放送されたMBC ‘私たちの日夜’の‘サバイバル私は歌手だ(以下ナ歌手)’でキム・ゴンモが再挑戦ミッションで舞台に立った。 この時歌った歌はジョンヨプの‘ユーマイ レディー(You are my lady)’だったが極度の緊張を耐える20年目歌手の姿がカメラに捕えられた。 彼の熱唱に視聴率(13.7%)が上昇した。

このプログラムを見て小説家イ・ギョンジャ氏は“女の子たち出てきてお尻揺さぶること見なくてこん身の働きをして歌う歌手等を見ると、私のような老人はもう生きたかと思う”と所感を明らかにすることもした。

その間お尻を揺さぶって歌を歌うまねる本物のシミュルラクルイン‘複製歌手’らに食傷ぎみだった既成世代は渾身の力を出して歌う‘本当に歌手’の姿に胸涼しい感動を受けたのだ。

ところで‘私は歌手だ’という開始から論議に苦しめられた。 一部歌手は“芸術に対する冒とく”としながら批判した。 文化評論家チン・ジュングォンは‘ナ歌手’に対して“プログラム自体がミスコンセプション(Misconception)”という寸評を出すこともした。 チン・ジュングォンはツイッターに“サバイバルかリバイバルかが問題でない。

キム・ゴンモ再挑戦論議を眺めて歌唱力で新人歌手を選ぶことでもなくてすでに自分の世界を持った芸術家らを連れてきて誰を落とすという発想自体が美学的観点でナンセンス”といった。

しかし‘ナ歌手’はミスコンセプトなのかは分からないが美学的にナンセンスといっても大衆の欲求をまともに反映したプログラムだと考える。 その理由は‘ナ歌手’では他でもない‘にせ物’でなくそれこそ生き生きした‘本当に’を見ることができるためだ。

プロフェッショナルでも既得権に安住できないためだ。 ‘私がトップ歌手なのに’と傲慢に振り舞ったりリップシンクをできないためだ。 自分だけの本物の姿を見せなければならないためだ。 今まで私たちの社会ではある位置に上がれば既得権に安住する文化があった。 ところで‘ナ歌手’はそのような既得権的秩序を間違いなく押し倒した。

さらに歌真似事だけする‘にせ物’らは舞台に立つことはできない。 いわゆる‘ガールグループ’らは歌手のイメージ、欲望のファンタジーで聴覚でない視角を刺激したし大衆に歌唱力でなくイメージの消費をカン腰下ディッシュ血した。

セクシーコードのイメージで歌手真似事だけする複製は全盛期をむかえた。 社会が欲望のファンタジー、ファンタジーの欲望に陶酔していった。 ところで一部では本当に音楽の妙味にのどの渇きを感じ始めた。 歌唱力ないガールグループらとセクシーコードの踊り、そして欲望のファンタジーが乱舞する過剰イメージに視聴者たちが食傷ぎみだったためだ。

歌唱力でないイメージの消費に大衆が食傷ぎみである頃‘ナ歌手’が登場した。 今一度大衆はにせ物でない本当に、複製品でない原本、イメージでない実体を見たくて聞きたがる欲望がまた生き返り始めたのだ。

この頃人気があるガールグループは大部分舞台から‘ライブ’に歌わない。 実際に‘ナ歌手’放送を通じて話題になった曲らは間違いなく音源チャートでも大人気を享受した。 これは大衆がそれだけライブの声を渇望するという意味であろう。

ピカソをサバイバルにたてるならば?

これがすぐに‘本物の力’であろう。 その間本当に同じにせ物に食傷ぎみである消費者は今や本物らしい本物を探し始めたのだ。 食べ物がそうで音楽がそうだ。 本当に食べ物、本当に音楽が優遇される時代がまたきたのだ。

性急かも知らないがいわゆる‘本物のルネサンス’時代が開かれていることだ。 今まで私たちの社会は本物を前に出したにせ物、アマチュアのようなプロフェッショナル、紋だけプロフェッショナルでも優遇されることができた。

本物らも本物どうし競争しなければならない時代でこそ真にプロフェッショナルの時代というはずだ。 歌唱力を前面に出した歌手は歌手らどうし競合を行って本当に食べ物の代価は代価らどうし競演を行うならばその楽しみ、その本物文化の受恵者は他でもない大衆、消費者らだ。

“うわべは行け。/漢拏(ハルラ)から白頭(ペクトゥ)まで/ヒャングロウン土胸だけ残って/その、某オードは金属は行け。”シン・ドンヨプ詩人の‘うわべは行け’の詩のようにうわべでは決して心を濡らすことができない。 これからすべてのビジネスの鉄則は‘本物でこそ売れる’になるべきではないだろうか。 今や‘本当ビジネス’時代の到来を期待してみる。

チェ・ヒョチャン子供経営研究所長

[ハンギョンビジネス 2011-05-11 15:39] 元記事はこちらから

※でも韓国のアーティストは歌ダンス実力共に十分ハイレベルかと思いますけどね~。
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