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 [人生の香り]つまらない配役はない
2011年04月28日 (木) | 編集 |
芸能人の中で特別に親しい人いるか。 常連質問の中の一つだ。 親しいという基準が何か。 時々会えてご飯でも共に食べる間ならば躊躇するということなしでタレント キム・ヘジャ氏を挙げる。

どんな縁なのか気になっているか。 実はその方が‘田園日記’出演する時から録画ある日ならば少しの間でも扮装室に立ち寄って挨拶したのが開始だった。 初めにはなぜ芸能PDが飲むことを持って訪ねてくるかいぶかしがって本当に自身のファンということを確認してはその方も楽しく迎えてくれられた。 粘り強い真心が通じるというのは人の常の当然な道理だから。

大学生六人と水曜日夕方時間にご飯も食べて映画も見る集いを定期的に持っている。 何日か前にはキム・ヘジャ氏も同席した。 (時間がそんなに多いかといって尋ねれば‘林道見てぷうっとも取る’ことだと答えるところだ。) 映画の題名は‘世の中のすべての季節’(原題Another Year). 初めての場面に登場する俳優は不眠症に苦しめられる50,60代女性なのに表情演技がリアルだった。

医師が彼女に尋ねる。 “あなたの幸福点数は10点満点に何点でしょうか?”無愛想な彼女が特別な苦悩なしで吐きだした点数. せいぜい1点だった。 医師の診断もおおらかだった。 “幸せになる余地が多いですね。”

キム・ヘジャ氏が隣の席でささやく。 “あの俳優演技本当に上手にする。”国民俳優に称賛を受けた外国俳優にこの事実を知ろうとしてもするはずなのに。 しなかった以後どんな場面にもその俳優は姿を表わさなかった。 彼女が主人公だと思った一部観客らはマイク・リー監督の無情さに少しは名残惜しかったはずだ。

映画が繰り広げられる中にもキム・ヘジャ氏はため息のように吐きだす。 “その女また出てきたら良いだろう。”劇場を出ながらもも物足りなさが残ったようだ。 “そのような役ならば私もしたいが….”

かなり以前キム・ヘジャ氏に投げた質問一つ. “先生は作品を選ぶ基準が何ですか?”少女のように微笑を浮かべて投げた憎らしい返事. “主人公でしょう。”合う。 彼女は主演でなければ初めから出演をしなかったのだ。 そしてその約束(?)を何十年間守ってきた。 主にママ役割をしたが腹が立ったママ(‘ママが角が生えた’)から‘狂った’ママ(映画‘マザー’)まで彼女は名実共に主人公だった。 例外的にドラマ‘宮’では主人公ではなかったがこれをのがさないで問い詰めて(?) 尋ねたところその選択の便も彼女らしかった。 “主演ではないが皇太后の役割なので….”

‘つまらない俳優はいてもつまらない配役はない’ということがこの世界の不文律だ。 主役か、脇役かだ重要なことは適役か現役かだ。 適任者を探すのが演出のことで適任者になるのが機会が与えられた俳優の天の命令だ。 そのような面では適任者と責任者が同意語だ。

幸福の基準も仕事場を基盤で見ようとするなら‘適材適所’だ。 おそらく師匠の役割は弟子の個性を助けて徳性、知性、根性、誠意を育てることと一緒に適性を探すように助けるのに集められなければならない。 “幸福点数を上げようとするなら重役や主役になるのでなく現役で適役であってこそハ増えるのだ。”その日終わりのあいさつ時間に握手して投げた私の教訓だ。

チュ・チョルホァン中央日報放送設立推進団コンテンツ本部長

[中央日報 2011-04-28 00:07] 元記事はこちらから

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※ヘジャ先生だけでなく出番は写真かほんのワンシーンしかなかったチェブラム先生のような大御所が役の比重に関わらず出演してくださった「宮」ってスゴイ;;

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